top of page

人権基準と精神保健基準の一致

  • 執筆者の写真: 林田医療裁判
    林田医療裁判
  • 9月20日
  • 読了時間: 5分

更新日:9月23日

患者の権利法をつくる会は第15回医療基本法学習会「人権基準と精神保健基準の一致 権利に基づき、地域に根ざし、本人中心の、リカバリー志向の精神保健医療」を2025年9月20日(土)に開催した。講師は池原毅和弁護士(日弁連 精神障害のある方の強制入院廃止及び尊厳確立実現本部 本部長代行)。林田医療裁判を考える会も学習会に参加した。


●医療基本法は何故必要か

患者の権利法をつくる会は患者の権利を定めた法律の制定を目指す団体である。患者の権利を医療の根幹にしたい。患者の権利保障を中心に据えた「医療基本法」の法制化を目指している。消費者基本法や教育基本法など特定分野の根幹になる法律として基本法が存在する。しかし、日本では未だに医療基本法が存在しない。


●学習会内容

身体疾患の医療と精神医療では逆の利益状況が起きている。身体疾患の場合は本人の意思表示ができない場合に過少医療が行われる傾向がある。精神医療では本人の意思を無視して過剰な介入が行われる傾向がある。医療は過少であっても過剰であってもならない。


医師と話すと「法律家はそう考えるかもしれないが、臨床は違う」と言われることがある。強制収用を止め、患者の権利に基づくことがグローバルスタンダードである。判断能力がないという考えは誤りという考え方に立っている。どのような人でも適切な支援を受ければ判断が可能。


本人が判断できない場合は代理人・代行者が判断するという考え方は20世紀のもの。21世紀のグローバルスタンダードは本人の自己決定を奪うものと評価される。最善の利益Best Interestを他者が判断することは成り立つか。あまりにもパターナリスティックである。


強制入院や強制治療は多重人権侵害である。深い苦痛とトラウマを経験する。患者側のアンケートでは「人を信じられなくなった」などの告白がある。日本は脱施設化に逆行している。日本の精神科病院の入院患者の死亡退院は30%くらいであり、異常に多い。生物化学還元主義が中心になると薬物療法に偏る傾向がある。強制は医師と患者の権力の非対称化を促進してしまう。精神保健における強制は国際人権と両立しない。拷問に匹敵する。


●感想

医療は命を扱う営みであるにもかかわらず、患者の意思が軽視される場面が少なくない。学習会では日本の精神医療が国際人権基準から大きく逸脱している現状が浮き彫りになった。


学習会で指摘された「身体疾患の医療と精神医療で起きる逆の利益状況」は、林田医療裁判が浮かび上がらせた問題と強く共鳴する。身体疾患の場合、意思表示が困難な患者に対する過少医療の傾向がある一方、精神医療においては、本人の意思を無視した過剰な介入が横行しているという指摘は、医療のあり方が患者の権利ではなく、医療側の都合に左右されている現状を浮き彫りにする。


林田医療裁判では、病院が患者の家族の一人(長男)をキーパーソンに指定し、主治医は長男の治療拒否を治療方針とした。林田医療裁判の問題意識は以下の記事に記載されている通りである。

「家族の一人が同意をすれば、高齢者は死なせていいのだろうか」にあります(渋井哲也「母の治療をめぐり兄弟間で食い違い。高齢者の命の尊厳を守る医療裁判は最高裁へ」BLOGOS 2017年08月23日)。


学習会では医療同意の代理・代行にはパターナリズムの独善があると指摘する。これも林田医療裁判と重なる。

「カルテ記載内容の補足として、私は、大事を取りすぎて、意思疎通ができないまま寝たきり状態になるのが最善とは言えない、という主治医の理念をわきまえた上での延命治療拒否だと思いました」(乙A第3号証8頁)。

これは林田医療裁判の主治医が証拠として提出した陳述書で書いた文章である。主治医は、長男の治療拒否を「自身の理念」を「わきまえた」ものとして正当化した。患者本人の意思はどこにも反映されていない。ここにはInformed Consent(説明と同意)が形式化した極めてパターナリスティックな医療の実態がある。このパターナリズムこそが、患者を主体的な存在として尊重しない医療の根源的な問題に繋がっている。


もし、あなたやあなたの家族が、治療の選択肢について自分で決める機会すら与えられず、特定の家族の意見や、ましてや医師の「理念」によって、人生の終末を決められてしまうとしたら? これは林田医療裁判が私たちに突きつけた、身近で、しかし見過ごされてきた問題の核心である。


強制入院や強制治療が「多重人権侵害」であり、「拷問に匹敵する」とまで表現されたように、日本の医療現場には、私たちの知らない人権の闇が潜んでいる。これは精神医療だけでなく、高齢者医療にも共通する、深刻な問題である。

「入院収容による医療ケアは場面において近年より一層人権侵害、不適切な事案が増えていると思います。高齢者ケアにおける人権侵害も同様です」

これは質疑応答で寄せられた参加者の意見である。まさに高齢者医療の特定家族(キーパーソン)の治療拒否を問題にする林田医療裁判と重なる問題である。この学習会は、私たちに改めて問いかけている。医療は本当に患者の権利を守っているかと。


私たちは、消費者として、医療というサービスを受ける権利がある。その医療の根幹には、私たちの尊厳と自己決定権がなければならないものである。これは誰もが安心して、人として尊重される医療を受けることができる未来のために、不可欠なものである。あなたの人生は、あなたのものである。その医療は、本当にあなたのためのものだろうか?


患者の権利法をつくる会第15回医療基本法学習会

林田医療裁判の公開質問状71プロフェッショナリズム

林田医療裁判の公開質問状65医療事故と命の尊厳

氾濫する医療情報をどう受け止めるか

医師の働き方改革は患者の権利にどのような影響を与えるか

国際保健規則改正とパンデミック条約

医療基本法と患者・医療従事者の権利

第15回医療基本法学習会「人権基準と精神保健基準の一致 権利に基づき、地域に根ざし、本人中心の、リカバリー志向の精神保健医療」
第15回医療基本法学習会「人権基準と精神保健基準の一致 権利に基づき、地域に根ざし、本人中心の、リカバリー志向の精神保健医療」

コメント


​林田医療裁判

© 2019 林田医療裁判 Proudly created with Wix.com

bottom of page