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執筆者の写真林田医療裁判

澤田瞳子『火定』

更新日:6 日前

澤田瞳子の著書『火定(かじょう)』(PHP研究所、2017年)は奈良時代の疫病(天然痘)の蔓延を描いた歴史小説です。作中の医師の台詞は心に残ります。「疫病に罹り、もはや快癒の見込みがないとしても、この者たちはみな生きたいと望み、そのために足掻いておる。ならばわしらはその願いを容れ、少しでも皆が命永らえるよう努めるのみじゃ」(180頁)。医師として患者の命に寄り添う覚悟を示しており、理想的な医療者の姿を描いています。


これは新型コロナウイルス感染症Coronavirus disease 2019; COVID-19のパンデミックでの診療拒否やトリアージや林田医療裁判(平成26年(ワ)第25447号損害賠償請求事件、平成28年(ネ)第5668号損害賠償請求控訴事件)とは対照的です。林田医療裁判の担当医師は呼吸困難で苦しむ患者に対して「苦しそうに見えますが今お花畑です」と説明した事例がありました。医療現場における対応の差を浮き彫りにします。


『火定』が描く天平の疫病大流行では藤原四兄弟(武智麻呂、房前、宇合、麻呂)が全員感染して病死しました。それ以前に彼らは長屋王を冤罪に追い込み自害させたことから、祟りと言われました。小説では長屋王に触れられていませんが、代わりに主要登場人物が冤罪に苦しむ姿が描かれています。


『火定』は新型コロナウイルス感染症Coronavirus disease 2019; COVID-19のパンデミック以前の出版ですが、コロナ禍を連想させる場面が多く見られます。パンデミックに対する政府の無策は奈良時代も21世紀も変わらない面があるでしょう。


小説では登場人物が「疫病の伝染の最大の原因は、人同士の接触」と理解しています(201頁)。21世紀の私達と同じく、奈良時代でも感染症予防としてSocial Distance(社会的距離)やStay Home(自宅待機)といった概念が重視されていました。藤原四兄弟始め多くの官人が感染した背景には朝廷の会議が三密だったことがあります。


疫病の混乱に乗じた詐欺商法も物語の中で取り上げられています。コロナ禍でもマスク転売や補助金詐欺が起きました。小説内では詐欺によって住宅を奪われる人も登場します。あっさりと描かれますが、物語が進むにつれて逆襲劇が描かれます。また、主要登場人物の冤罪も過去の話で終わらせずに冤罪を晴らす動きが描かれます。虚偽告訴の証拠が出ると当初は感染拡大を防ぐ裏取引に使おうとしますが、公表して虚偽告訴を訴える方針に転換します。序盤に出したエピソードを後半で回収しており、小説の構成が緻密です。


澤田氏の『火定』は、歴史的事実とフィクションを巧みに織り交ぜ、疫病というテーマを通して人々の葛藤を描いた秀逸な作品です。奈良時代の疫病と現代のパンデミックの類似性を感じながら読むことで、私達が直面している問題についても改めて考えさせられる一冊です。


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