尊厳死法制化の公開質問状回答
- 林田医療裁判
- 2月12日
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国民民主党の玉木雄一郎代表の尊厳死の法制化の発言が批判されている。玉木代表は2024年10月12日に日本記者クラブ主催の与野党7党首による討論会で以下のように発言した。
「社会保障の保険料を下げるためには、われわれは高齢者医療、とくに終末期医療の見直しにも踏み込みました。尊厳死の法制化も含めて。こういったことも含め医療給付を抑え、若い人の社会保険料給付を抑えることが、消費を活性化して、つぎの好循環と賃金上昇を生み出すと思っています」
これが「姥捨て山」などと批判された。「若い人の社会保険料給付を抑える」と若年層への配慮をアピールするが、結局のところ、消費の活性化のためであり、金を使わせて経済を回すことが目的であり、若年層本位でもない。
批判に対して玉木代表はX(旧Twitter)で以下のように釈明した。「日本記者クラブで、尊厳死の法制化を含めた終末期医療の見直しについて言及したところ、医療費削減のために高齢者の治療を放棄するのかなどのご指摘・ご批判をいただきましたが、尊厳死の法制化は医療費削減のためにやるものではありません。本人の自己決定権の問題なので、重点政策のなかでも、社会保険料削減の項目ではなく、あえて、人づくりの項目に位置付けています」
これに対して以下の批判がある。「何回読んでも、社会保障の財源を語る文脈のなかで終末期医療の見直しと尊厳死の法制化に言及している。これは誰も否定はできまい」(木村知「玉木雄一郎代表の「尊厳死の法制化」発言に恐怖で震えた…現場医師が訴える「終末期の患者は管だらけ」の大誤解」PRESIDENT Online 2024年10月22日)
そもそも終末医療見直しで医療費を抑制するという認識が誤りとの指摘がある。「日本福祉大の二木立(にき・りゅう)名誉教授によれば、医療費全体に占める死亡1カ月前の費用は3%に過ぎない。このデータは2005年発表の厚生労働省調査に基づくものだ。約20年前の調査とはいえ、高齢化の進行を加味しても現状にさほど変化はあるまい。しかも、このデータには現役世代の死亡や救急医療も含まれているから、高齢者に限れば数値はもっと小さくなる」(「ファクトチェック終末期医療見直しと尊厳死法制化 医療費抑制にはつながらない 根強くはびこる誤解 共同通信編集委員 内田泰」共同通信2024年10月21日)
「骨格提言」の完全実現を求める大フォーラム実行委員会らは2025年1月4日付で国民民主党宛に「「尊厳死」の法制度化を進めようとする貴党の方針についての公開質問状」を提出した。公開質問状では以下のように家族の意向で医療が抑制される危険があると指摘する。
「「国民民主党 重点政策2024の実現に向けた医療制度改革(中間整理)」の「⑩法整備も含めた終末期医療のあり方の見直し 重点政策事項」の中で「人生会議の制度化を含む尊厳死の法制化によって終末期医療のあり方を見直し、本人や家族が望まない医療を抑制する。」と記載しています。「本人」と「家族」が並列で記載されており、単に自己決定でないことは明白です」
これは患者の長男が延命につながる治療を全て拒否した林田医療裁判(平成26年(ワ)第25447号損害賠償請求事件、平成28年(ネ)第5668号損害賠償請求控訴事件)と重なる。
公開質問状では以下を含む3項目の質問と意見交換の要望を出した。
「本人の「望まない医療」を、貴党は「終末期医療」と結びつけて論じるのですが、本人の望まない医療が横行している精神病院などについては論じようとしていません。これではますます高齢者のいのちを打ち切ることにのみ関心をもっておられるように思われるのですが、貴党の見解を示してください」
国民民主党は2025年1月25日付で公開質問状への回答を出した。回答は各質問に答えるものではなく、国民民主党の立場を説明したものであった。そこには以下の記述がある。「本人が延命治療を望まないとしても、最期を迎えるにあたって本人もそれまでの意思と違う発言をするなどし、結果として延命も含め本人が望まない治療になってしますかもしれません」(ママ)
厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」は繰り返し意思確認することを求めている。「病人の気持ちは(実は病人でなくとも)日々変わる」(城アラキ『妻への十悔』ブックマン社、2024年、194頁)。延命治療を望まないと考えていたとしても、最期を迎えるにあたって別の考えになるならば、それが本人の意思になる。
人づくりと尊厳死
国民民主党は「尊厳死の法制化を含めた終末期医療の見直し」を「国民民主党 2024年重点政策」の「3.人づくりこそ、国づくり」に掲載している。「人づくり」という言葉と「尊厳死」の組み合わせに疑問を抱く人も少なくない。
「人づくり」という表現は、教育や人材育成を連想させるが、そこに尊厳死の法制化が含まれることで、「尊厳死を選ばせる社会を作ることが目的なのではないか?」という批判も生じる。終末期医療の見直しが本当に人のためなのか、それとも別の意図があるのか、慎重な議論が求められる。
企業の人事部門には「人材」を「人財」と書き換えるところがある。「人財」という言葉は、あたかも「人を大切にする企業」のように見せるための表現であるが、逆にブラック企業の発想と指摘する声がある。
「人財」は日本語にない言葉である。「人材」の「材(材料)」を「財(財産)」に変えた造語である。一見すると「人を貴重な財産として扱う」ように見えるが、実際は「会社の所有物として扱う」という考え方につながる危険がある。社員を単なる労働力としてではなく、企業の「資産」として最大限に活用しようとする姿勢が透けて見える。
このように、言葉の選び方一つで、その背後にある価値観が透けて見えることがある。「人づくり」と「尊厳死」、「人財」とブラック企業。これらの言葉の組み合わせには、慎重に向き合う必要がある。
城アラキ『妻への十悔』
杉並区長の「トリアージ」発言から命の大切さを考える
加藤勝信厚生労働大臣に抗議します
「骨格提言」の完全実現を求める大フォーラム2021/10/31

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