林田医療裁判の公開質問状79医療の真実
- 林田医療裁判
- 13 時間前
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暑中お見舞い申し上げます。
杏林大学医学部付属杉並病院(旧立正佼成会附属佼成病院)へ79回目の公開質問状を送付しました。
今回は、『2030―2040年 医療の真実 下町病院長だから見える医療の末路』熊谷頼佳著を取り上げました。本書は、地域医療の現場から見た「制度に適合する死」を鋭く告発しています。それは、林田医療裁判の重要な焦点である「その選択は本当に患者の意思なのか?」という問いと深く響き合っています。
ご覧いただければ幸いです。
暑さ厳しきおりくれぐれもお体をご自愛ください。
杏林大学医学部付属杉並病院 病院長 市村正一 様
公 開 質 問 状(79) 2025年8月1日
拝啓
猛暑日が続いていますが病院長先生にはお変わりなくお過ごしのこととお喜び申し上げます。
今回は、熊谷賴佳著「2030―2040年 『医療の真実』 下町病院長だから見える医療の末路」(中公新書ラクレ、2025年)をご紹介します。その内容は、地域医療の現場から見た制度の歪みを鋭く告発しています。それは林田医療裁判との接点でもあります。
本書の問題提起は、林田医療裁判が浮き彫りにした「その選択は本当に患者の意思に基づいているのか」という問いと深く響き合います。以下に述べます。
『医療の真実』は、診療報酬制度の誘導によって「早期退院」「在宅看取り」「介護施設への移送」が推奨される現状を批判します。とりわけ次の一節は、制度が患者の生死にすら影響を与える構造的暴力を示唆しています。
「医療費を削減するためにも入院ベッドを減らし、中小病院が潰れてその地域の医療が崩壊しても構わない。高額の診療報酬で誘導する形で在宅看取りを推奨し、自宅で暮らせないなら医療が必要な場合でも介護施設へ送り、それで早く亡くなったとしても寿命だと納得させている」(198頁)
このような制度設計のもとでは、患者本人の意思や希望はしばしば置き去りにされ、「制度に適合する死」が静かに強制されることになります。
林田医療裁判もまた、患者の意思が不明確なまま、キーパーソンとされた特定の家族(長男)の判断によって延命措置が拒否され、患者が死亡した事例です。林田医療裁判を取り上げた第12回「医療界と法曹界の相互理解のためのシンポジウム」では以下の指摘がなされました。
「この長男の発言とか意見というのは、よく読み返してみるとかなり過激ですよね。そのようなことを言うかという感じですが、それに対して医療側は多分抵抗した可能性もありますが、何となくそれをやってしまったという状況です」(判例タイムズ1475号15頁)。
医療側は「何となくそれをやってしまった」とされますが、そこに「制度的な圧力」が介在していた可能性は否定できません。医療機関側が「延命治療の継続は非効率である」という制度的・経済的プレッシャーを受けていたかもしれません。患者の命が制度の都合で静かに処理されていく倫理的空白が生じます。
自己決定権の空洞化──制度と倫理の断絶
「自己決定権は、一身専属性の権利であるから、厳格に解釈すれば、家族であっても本人に代わって行使できるものではない」とされます(小林真紀「家族間における延命措置の葛藤」甲斐克則、手嶋豊編『医事法判例百選 第3版』有斐閣、2022年、201頁)。ところが、林田医療裁判では特定家族の判断が治療方針を左右しました。
『医療の真実』の描く医療現場でも、制度的誘導によって患者の選択肢が狭められ、「選んだように見えて、選ばされている」状況が常態化しています。つまり、両者に共通するのは「自己決定権の空洞化」です。形式的には同意が取られていても、情報が不十分であったり、制度的な誘導が強すぎたりすれば、それは真の意味での自己決定とは言えません。
いま、医療者に求められる視点
『医療の真実』と林田医療裁判は、異なる文脈から同じ問いを私たちに投げかけています。
- 医療の選択は本当に患者の意思に基づいているのか?
- 制度がその意思を歪めていないか?
- 医療者は制度の執行者である前に、患者の代弁者であるべきではないか?
この問いに向き合うことこそが、医療の倫理を再構築する第一歩です。『医療の真実』の警鐘と林田医療裁判の教訓は、制度と倫理のあいだで揺れる現代医療において、私たちが見落としてはならない「人間の声」を取り戻すための羅針盤となるでしょう。
いつものように未回答のままになっています第1回目の公開質問状を以下に記載します。貴院におかれましては、高齢者医療の問題に直面した医療機関としてご意見をお寄せ下さることが道義的にも期待されるところであります。この質問状が医療の倫理構築に役立つことを願っております。
暑さ厳しきおり、くれぐれもお体をご自愛下さい。
敬具
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公 開 質 問 状(2019年6月30日 第1回)
第1 質問事項
1.患者の家族の中の悪意ある人物により、経管栄養が操作されるリスクに対して、その予防や検知の対策を採っていますか。採っている場合、その具体的内容を教えてください。
2.複数人の家族の意見から本人の意思を推定する取り組み内容を教えてください。
3.「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」の強調する繰り返しの意思確認を実現するために取り組みをしていますか。している場合、その具体的内容を教えてください。
第2 質問の趣旨
1 林田医療裁判では、経管栄養の管理や治療中止の意思決定のあり方が問われました。林田医療裁判の提起後には、点滴の管理が問題になった大口病院の連続点滴中毒死事件や自己決定権が問題になった公立福生病院の人工透析治療中止問題が起きました。また、「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」は2018年3月に「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」に改定され、意思確認を繰り返し確認することが求められました。林田医療裁判において問われた争点は「終了」しているのではなく、現代日本の医療の問題と重なり問われ続けています。
2 そこで、私達は林田医療裁判を経験し又その経緯を知った者として、広く医療の現状と課題について考察し、患者の安全と幸せは何かを探求しています。そして、このような問題は広く社会に公開して議論を深めていくことが、適切な医療を進める上で不可欠であると考えています。とりわけ貴病院は、経管栄養の管理や治療中止の意思決定の問題について直面された医療機関として、適切な医療を進めるためのご意見をお寄せになることが道義的にも期待されるところであると思われます。
3 従いまして、上記の質問事項に回答をお寄せ頂けますよう要請いたします。この質問と貴病院の回答はネット上に公開することを予定しています。このような公開の議論の場により、医療機関と患者ないし多くの市民の方が意見を交わし、相互の認識と理解を深め、適切な医療を進める一助にしたいと考えています。この公開質問状の趣旨をご理解いただき、上記の質問事項に回答を寄せていただきたい、と切に要望します。ご回答を連絡先まで郵送してください。回答締切日を二週間以内にお願い致します。
以上
林田医療裁判の公開質問状78医事法判例百選
林田医療裁判の公開質問状77六周年

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