林田医療裁判の公開質問状78医事法判例百選
- 林田医療裁判
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杏林大学医学部付属杉並病院(旧立正佼成会附属佼成病)へ78回目の公開質問状を送付しました。
林田医療裁判(東京高等裁判所平成29年7月31日判決)が医事法判例百選に取り上げられました(小林真紀「家族間における延命措置の葛藤」甲斐克則、手嶋豊編『医事法判例百選 第3版』有斐閣、2022年)。
ここでは、林田医療裁判東京高裁の判決を分析して意見を述べられています。
また、林田医療裁判を取り上げた記事や論文、集会などを纏めてみました。ご覧いただければ幸いです。
杏林大学医学部付属杉並病院 病院長 市村正一 様
公 開 質 問 状(78) 2025年7月2日
拝啓
これから本格的な夏を迎えるというのに、すでに猛暑日が続いています。病院長先生にはお変わりございませんか。
林田医療裁判(東京高等裁判所平成29年7月31日判決、平成28年(ネ)第5668号損害賠償請求控訴事件)が医事法判例百選に取り上げられました(小林真紀「家族間における延命措置の葛藤」甲斐克則、手嶋豊編『医事法判例百選 第3版』有斐閣、2022年)。
林田医療裁判は「家族がどこまで治療の可否を決められるのか」という問題を問いかけます。患者本人の自己決定権と家族の同意の緊張関係を浮き彫りにしています。「誰が、どのような手続きで、どこまで決定できるのか」という臨床倫理の根幹に関わる問いを私たちに突きつけます。
「家族間における延命措置の葛藤」は以下の原則を指摘します。
「自己決定権は、一身専属性の権利であるから、厳格に解釈すれば、家族であっても本人に代わって行使できるものではない」(201頁)
原則は患者自身の「自己決定権」が尊重されるべきです。治療の選択や拒否は患者本人にしか決められない、非常に個人的な権利です。たとえ家族であっても、患者の代わりにその権利を行使することはできません。
ところが、判決について以下のように分析しています。
「「Y2は…延命につながる全ての治療を拒否した」「Y2……は高度医療を拒否した」ことを事実として認定していることからは、裁判所はY2(すなわち「キーパーソン」を、患者本人の意思を推定するものではなく、家族を代表してA(注:患者)に代わって治療に同意(あるいは治療を拒否)する者として捉えているとも考えられる」(201頁)
判決は一身専属権の原則から逸脱しています。
林田医療裁判は別の判決の評釈(宮下毅「終末期の治療方針」)でも言及されています。そこでは以下のように指摘します。
「家族関係者間に意見の相違がある場合には、誰をキーパーソンとすべきか、あるいは複数の専門家からなる話し合いの場を設置すべきか、などを検討する必要が生ずる」(199頁)。
このキーパーソンの専任手続きやチーム医療での検討は林田医療裁判で欠けていたことです。また、上の文章は「家族関係者間に意見の相違がある場合」とありますが、仮に意見が一致しても「延命につながる全ての治療を拒否」するような死なせる方向の意見の場合はチームによる倫理的判断が必要でしょう。
現実に林田医療裁判を取り上げた第12回「医療界と法曹界の相互理解のためのシンポジウム」では長男の意見が過激と評されています。
「この長男の発言とか意見というのは、よく読み返してみるとかなり過激ですよね。そのようなことを言うかという感じですが、それに対して医療側は多分抵抗した可能性もありますが、何となくそれをやってしまったという状況です」(判例タイムズ1475号15頁)。
林田医療裁判は単独の代諾者に委ねることの危険性を浮き彫りにします。医療従事者の皆様には、患者の意思を尊重しつつ、倫理的・法的バランスを保つためのチームアプローチが求められます。
単独では意思決定させないとの論文があります。
「生命・身体に重大な危険のある治療に関しては、代諾者である成年後見人等や親族が単独では行えないようにするのが妥当であると思われる。なぜなら、医療行為の内容を理解するための専門的な知識を代諾者側に期待しているのではなく、患者本人の意思を決定に反映させるための役割に過ぎないからである」(石田瞳「同意能力を欠く患者の医療同意」千葉大学人文社会科学研究第29号、2014年、105頁)
「日本においては、医療契約の内容を確定するための必要最低限の医療行為に対する同意のみを代諾出来る範囲であると捉え、生命、身体に重大な危険のある治療に関しては、成年後見人が単独で代諾できないとかするのが妥当であると思われる。なぜなら、治療の内容を理解するための医学的専門知識を成年後見人に期待しているのではなく、あくまでも成年被後見人の意思を決定に反映させる点にあるからである(民法853条)」(石田瞳「患者の同意能力」千葉大学人文社会科学研究第30号、2015年、120頁)
林田医療裁判を取り上げた記事や論文、集会には以下があります。
渋井哲也「母の治療をめぐり兄弟間で食い違い。高齢者の命の尊厳を守る医療裁判は最高裁へ」BLOGOS 2017年08月23日
北穂さゆり「「高齢者差別」という隠れた命題を闘う 林田医療裁判」医療過誤原告の会の会報第40号『悲しみにくじけないで』2018年7月1日
林田悦子「母の望まぬ死」医療過誤原告の会の会報第40号『悲しみにくじけないで』2018年7月1日
判例時報2351号14頁(2018年1月11日号)
小林真紀「家族間における延命措置の葛藤」甲斐克則、手嶋豊編『医事法判例百選 第3版』有斐閣、2022年
『民間医局』医療過誤判例集Vol.184「終末期患者の延命措置に関する方針決定の在り方について」
緒方あゆみ「人生の最終段階における医療と法」中京ロイヤーChukyo lawyer Vol. 29、2018年
神野礼斉「新・家族法研究ノート第2期(第23回)終末期医療と家族の同意[東京地裁平成28.11.17判決]」月報司法書士552号、2018年
稲葉一人「実践的判例よみこなし術(第136回)延命措置に関して争いとなった事例から終末期医療について考える[東京地裁平成28.11.17判決]」ナーシング・ビジネス12巻4号、2018年
「第12回 医療界と法曹界の相互理解のためのシンポジウム」2019年10月9日
※判例タイムズ1475号(2020年10月号)に収録。
公立福生病院事件を考える連絡会ミニ勉強会「安楽死や治療中止等についての裁判事例、判例について」2020年1月13日
以上のように林田医療裁判で問われた争点は市民と共に広く議論・学習されています。林田医療裁判は、終末期医療における患者の自己決定権、家族の関与、医療チームの倫理的判断の重要性を教えてくれます。日々、命と向き合う皆様にとって、林田医療裁判は、患者中心のケアを追求しつつ、多職種連携で倫理的課題に対応する意義を再確認する機会となるでしょう。
世界の先進諸国に遅れないようにするためには日本国民全体の医療認識を高める必要があります。この質問状はネット上に公開し市民と共に議論を深め学習致します。医療者の患者・家族の話を聞く姿勢は「良い病院にしよう」という思いに繋がります。第1回公開質問状が未回答ですのでご回答ご意見をお寄せ下さいますようお願い申し上げます。
夏本番となりますがお体をご自愛下さい。
敬具
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公 開 質 問 状(2019年6月30日 第1回)
第1 質問事項
1.患者の家族の中の悪意ある人物により、経管栄養が操作されるリスクに対して、その予防や検知の対策を採っていますか。採っている場合、その具体的内容を教えてください。
2.複数人の家族の意見から本人の意思を推定する取り組み内容を教えてください。
3.「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」の強調する繰り返しの意思確認を実現するために取り組みをしていますか。している場合、その具体的内容を教えてください。
第2 質問の趣旨
1 林田医療裁判では、経管栄養の管理や治療中止の意思決定のあり方が問われました。林田医療裁判の提起後には、点滴の管理が問題になった大口病院の連続点滴中毒死事件や自己決定権が問題になった公立福生病院の人工透析治療中止問題が起きました。また、「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」は2018年3月に「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」に改定され、意思確認を繰り返し確認することが求められました。林田医療裁判において問われた争点は「終了」しているのではなく、現代日本の医療の問題と重なり問われ続けています。
2 そこで、私達は林田医療裁判を経験し又その経緯を知った者として、広く医療の現状と課題について考察し、患者の安全と幸せは何かを探求しています。そして、このような問題は広く社会に公開して議論を深めていくことが、適切な医療を進める上で不可欠であると考えています。とりわけ貴病院は、経管栄養の管理や治療中止の意思決定の問題について直面された医療機関として、適切な医療を進めるためのご意見をお寄せになることが道義的にも期待されるところであると思われます。
3 従いまして、上記の質問事項に回答をお寄せ頂けますよう要請いたします。この質問と貴病院の回答はネット上に公開することを予定しています。このような公開の議論の場により、医療機関と患者ないし多くの市民の方が意見を交わし、相互の認識と理解を深め、適切な医療を進める一助にしたいと考えています。この公開質問状の趣旨をご理解いただき、上記の質問事項に回答を寄せていただきたい、と切に要望します。ご回答を連絡先まで郵送してください。回答締切日を二週間以内にお願い致します。
以上

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