医療現場に潜む過少医療の危険
- 林田医療裁判

- 4 日前
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林田医療裁判は、医療消費者が直視すべき「高齢者への過少治療」という隠れた問題に光を当てた。すべての人が平等に適切な医療を受ける権利があるという視点から、この裁判が浮き彫りにした課題は以下の三点に整理されます。
第一に高齢者差別(エイジズム)による治療の制限である。医療現場において「年齢」を理由に積極的な治療が差し控えられ、救えるはずの命が断念される実態がある。これは年齢のみで個人の価値を測る構造的な差別意識(エイジズム)に起因する問題である。
第二に「過少医療」という見えない放置である。適切な検査や処置が行われない「過少医療」は、医療ミス以上に消費者側がその欠如を察知することが困難である。林田氏の手記が医療過誤原告の会の会報に掲載されたことは、この「なされるべき医療が行われない」問題が、当事者たちの共通した苦しみであることを示す。
第三に自己決定権と尊厳の軽視である。判決(東京高等裁判所平成29年7月31日判決、平成28年(ネ)第5668号損害賠償請求控訴事件)は特定の家族を「キーパーソン」とし、キーパーソンによる治療拒否を認めた。
「「Y2は…延命につながる全ての治療を拒否した」「Y2……は高度医療を拒否した」ことを事実として認定していることからは、裁判所はY2(すなわち「キーパーソン」を、患者本人の意思を推定するものではなく、家族を代表してA(注:患者)に代わって治療に同意(あるいは治療を拒否)する者として捉えているとも考えられる」(小林真紀「家族間における延命措置の葛藤」甲斐克則、手嶋豊編『医事法判例百選 第3版』有斐閣、2022年、201頁)
患者本人のインフォームド・コンセントが軽視され、高齢者の命の尊厳が二の次にされている実態がある。患者一人ひとりの事情を汲み取り、最善を尽くすという医療本来のあり方が問われている。
●医療消費者へのアドバイス
「高齢だから仕方ない」という説明に納得せず、十分な情報提供と個別性の高い治療を求めることは、消費者の正当な権利である。医療側と対等な立場で話し合う姿勢が、命の尊厳を守る第一歩となる。
医療は私たちの命と尊厳に直結する最大の「消費」行為である。林田医療裁判を一つの教訓とし、患者の沈黙が「満足」と誤解されることのない、真に民主的な医療現場を求めていかなければならない。





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