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情報格差

  • 執筆者の写真: 林田医療裁判
    林田医療裁判
  • 3 時間前
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林田医療裁判(東京高等裁判所平成29年7月31日判決、平成28年(ネ)第5668号損害賠償請求控訴事件)は医療の情報格差(情報の非対称性)がどれほど患者や家族に不利に働くかを浮き彫りにした事例である。高齢患者の治療方針や延命措置の判断をめぐり、医療側と家族側の意思確認が争点となった。


林田医療裁判を教訓に、医療消費者が直面する構造的な危険を整理すると、以下の三点に集約される。医療は典型的な「情報の非対称性(知識格差)」が存在する市場であり、消費者は常に以下の脆弱性を抱えている。


第一に情報格差による「受動性」の罠である。医師(専門家)と患者・家族(非専門家)の間には圧倒的な知識格差があるため、消費者は医師の判断を無批判に受け入れがちな構造にある。患者の沈黙は「満足」ではなく、単に反論する言葉(情報)を持たないがゆえの「諦め」である場合がある。医師が適切な説明を怠った場合、患者側はそもそも「何が問題なのか」という違和感すら抱くことができない。


第二に意思決定の「すり替え」である。情報の乏しい状況下では、患者本人の真の意思ではなく、医師や一部の家族の意向がそのまま「本人の意思」として扱われてしまう危険がある。患者不在のまま治療方針が決定されることは、消費者としての権利を損なう重大な欠陥である。


第三に事後検証を阻む専門性の壁である。医療現場で行われた判断が不適切であったとしても、専門知識のない消費者にとってその妥当性を後から検証することは極めて困難である。この「検証の困難さ」が、医療側の不適切な判断を見過ごす要因となっている。


医療における情報の格差は、命の決定権の偏りを意味する。医療消費者は、単に医師に従うだけでなく、情報の非対称性を前提とした上で「説明を受ける権利」と「検証の機会」を確保する姿勢が求められている。


●なぜ消費者問題として重要なのか?

医療は緊急性や専門性が高く、選べないサービスになりやすい性質がある。このため、一般の消費者が主体的に判断しにくい市場である。情報の透明性が低いと「レモン市場」化し、消費者が正しい選択が阻害される。林田医療裁判は、こうした構造的弱点を象徴している。


医師という「情報を持つ側」は、晴れ渡った高台から全体を見渡している。これに対して患者という「情報が乏しい側」は、専門用語という深い霧の底に立ち、目の前で行われている治療の正体すら認識できない。この視界の差こそが、消費者の主体性を奪う「お任せ医療」の正体である。


●情報の透明性

林田医療裁判は「情報の透明性」が医療安全の守護神であることを再認識させた。医療消費者が適切な選択を行うためには、成功事例だけでなく、過去のトラブルやリスク、そして医師の専門性といったデータが開示される仕組みが必要である。


欧米では、患者が自身のカルテを自由に閲覧し、セカンドオピニオンを当然の権利として行使できる環境が整っている。対して日本では、依然として「先生にお任せする」という受動的な態度が美徳とされる風潮が根強く、これが結果として情報の隠蔽や対立を招く一因となっている。


林田医療裁判では特定の患者家族をキーパーソンとし、キーパーソンの意見しか聞かなかった。キーパーソンの治療拒否の意見を患者本人の意見の代わりにすることは、あまりに形式的であり、一身専属権の原則を逸脱している。医療は密室で行われるブラックボックスではなく、高度なサービスであり、そこには厳格な誠実さが求められる。

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