お任せ医療からの脱却とチーム医療の再定義
- 林田医療裁判

- 3 日前
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林田医療裁判(東京高等裁判所平成29年7月31日判決、平成28年(ネ)第5668号損害賠償請求控訴事件)は、医師一人に方針を委ねる「一極集中型」医療の限界を示した。医師が一人で方針を決めると、取り返しのつかない事態を招く危険がある。医療の受け手である私たち患者や家族にとって、林田医療裁判は決して他人事ではない。「先生にお任せしていれば安心」という時代は、もう終わった。
多職種によるチェック機能:看護師など多職種が関わることで、医師が気づかない家族の状況や違和感を拾い上げ、一人の思い込みによる暴走を防ぐ安全網を構築すべきである。
患者・家族の参画:チーム医療は医療従事者だけで完結するものではなく、患者や家族もまたチームの一員として議論に参加し、情報の共有を受ける権利がある。
以下は林田医療裁判を取り上げたシンポジウムで出された意見である。
「現在のポイントとしては多職種が関わったかというのが非常に大事で、そうすれば医師が気付かないところも看護師さんならば常日頃家族とも会っていますし、そういうことが分かっていた可能性もあるということで、やはりここから見えてくるのは医師が1人で決めているような書き方なので、この事例はそこが欠けているのではないかなと思います」(「第12回 医療界と法曹界の相互理解のためのシンポジウム」判例タイムズ1475号14頁以下)
このシンポジウムで語られた「欠けているもの」とは、連携不足に加えて「患者の命を守るためのチェック機能」の欠如である。林田医療裁判が突きつけたこの課題を解決する鍵こそが、「真の意味でのチーム医療」である。
医療消費者の視点から、私たちが求めるべき「チームの形」とは以下の三点である。
第一に情報の独占から情報の共有への転換である。医師には話しにくい不安や、日々の細かな体調の変化を一番知っているのは、ベッドサイドに寄り添う看護師らである。彼らの気づきが医師に届かない環境は、患者にとっての安全網が機能していないことを意味する。
第二に多角的な視点による危険回避である。もし、あの時、看護師が感じた違和感や、家族が漏らした懸念が治療計画に反映されていたら……。複数の専門職が対等に意見を交わす組織であれば、一人の思い込みによる突出を防ぐことができる。
第三に患者や家族もチームの一員である。チーム医療は医療従事者だけで完結するものではない。患者や家族もチームの議論に参加する。
私たちは、白い巨塔のような一極集中型の医療ではなく、スタッフ全員が患者と家族の方を向き、声を掛け合える「風通しの良い医療」を厳しく選んでいく必要がある。
●情報の透明性と人間性の回復
悲劇を繰り返さないためには、以下の三点が急務である。
意思決定のプロセス化:形式的な同意書ではなく、説明の過程を詳細に記録に残す。
サポート体制の拡充:患者相談窓口や医療メディエーターを強化し、トラブルの芽を早期に摘む。
教育の変革:医学教育において、患者の自己決定を尊重する倫理観を最優先事項とする。
医療消費者の立場からすれば、私たちは単なる「治療の客体」ではなく、自身の身体と人生における「主体」である。十分な情報提供Informed Consentは、単なる手続き上の署名であってはならない。リスクや代替案も含めた、真に納得できる説明が求められている。
林田医療裁判のような事例は、日本の医療現場において「お任せ医療」からの脱却がいかに困難であるかを突きつけている。医療情報の非対称性があるからこそ、患者の権利宣言で謳われている「自己決定権」を実質化するための仕組みづくりが不可欠である。自分の身体に何が行われるのかを自分自身で決める。この当たり前の権利を、単なる理想論ではなく、日本の医療文化の根幹に据え直す時期に来ている。
医療消費者は単なる受け手から、医療を共に創るパートナーへと意識を転換しなければならない。権利の守護という盾を持ちつつ、医療従事者が患者を一人の人間として尊重し、温かな情熱をもって接するハイタッチHigh Touchの精神こそが、真に民主的な医療現場を創る鍵となる。





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