NPO法人「架け橋」は2024年9月16日にWHO『世界患者安全の日』制定5周年記念シンポジウム 2024「患者参加型医療の実現に向けて 院内体制を構築するために」を東京都文京区本郷の全水道会館とZoomで開催した。世界患者安全の日WPSD; World Patient Safety Dayは2019年に制定され、2024年で制定5周年になる。
The non-profit organization Kakehashi held a symposium to commemorate the 5th anniversary of the WHO "World Patient Safety Day" at the Zen Suido Kaikan and Zoom in Hongo, Bunkyo City, Tokyo, Japan, on September 16, 2024. World Patient Safety Day was established in 2019, and 2024 is the 5th anniversary of its establishment.
NPO法人「架け橋」では世界患者安全の日の前後でシンポジウムを開催している。2024年のシンポジウムは患者安全における患者参加型医療に焦点を当て、よりよい院内体制を構築するための実践方法や事故調査と対話推進のあり方をテーマとした。
シンポジウムは午前と午後の二部構成である。序盤は海外からのビデオメッセージを含め、海外の動向が紹介された。英語圏では患者や患者家族の参加は当初involveという言葉が使われた。その後engagementが使われるようになった。一緒に作っていくというニュアンスがある。
患者や家族もチームのパートナーになる。「患者や家族に耳を傾ける仕組みがあるか」などのチェックリスト作成の取り組みがある。これは林田医療裁判の公開質問状にも重なる。公開質問状には「複数人の家族の意見から本人の意思を推定する取り組み内容を教えてください」との質問がある。
本谷園子「医療対話推進者の質向上と医療機関内の医療安全管理部門との連携に関する研究」は厚生労働科学研究費補助事業の中間報告である。診療報酬には患者サポート体制充実加算がある。医療従事者と患者との対話を促進するため、患者や患者家族への支援体制を評価した仕組みである。
医療従事者と患者らとの良好な関係を築くため、患者支援体制が整備されている必要があり、専任の担当者の配置が条件となっている。研究では医療対話推進者が存在することで患者家族の満足度が向上し、職員の負担が減少し、対話の意識が醸成される効果が示唆された。一方で医療機関の管理者には医療対話推進者を認知していない人もいる。
医療対話推進者の業務には医師の患者や家族へのインフォームドコンセントの同席などがある。医療対話推進者は医療安全推進者と密に情報共有しているケースが多いが、そうでないケースもある。医療対話推進者の役割分担が明確になっていないケースもある。
以下は中間報告の感想である。中間報告から医療対話推進者が活躍している医療機関はあるが、そうでないところもあることが分かった。病院によって当たり外れが大きいとなる。
林田医療裁判(平成26年(ワ)第25447号損害賠償事件、平成28年(ネ)第5668号損害賠償控訴事件)では立正佼成会附属佼成病院(現:杏林大学医学部付属杉並病院)は患者の長男をキーパーソンと定めて他の家族の意見を聞かず、「延命につながる治療を全て拒否」(医師記録(カルテ)2007年8月20日)した長男の意見で治療方針を決めた。
これを取り上げた第12回「医療界と法曹界の相互理解のためのシンポジウム」では「うちの病院では家族の意見を聞いてキーパーソンを定める。このようなことは信じられない」との意見が出た。
日本では病院間格差が大きい現実がある。医療は規制産業であり、消費者はどの病院も一定の水準を満たしていることを期待する。その期待に応えられていないことが医療紛争深刻化の原因だろう。
木村壮介「「医療事故調査制度」開始10年 今できる課題への対応」では医師の行動原理であるprofessional autonomy and self-regulationという言葉を紹介した。professional autonomyは日本でも唱えられる言葉であるが、self-regulationと合わせることで患者第一の医療になる。professional autonomyだけでは医師の独善に陥る危険がある。現実に以下の批判がなされている。
「日本のプロフェッショナル・オートノミーは、世界のprofessional autonomyとまったく「似て非なるもの」である。その違いの元は「患者の人権擁護を医療倫理の第一」とするかどうかである」(平岡諦「プロフェッショナル・オートノミー:日本医師会の情報操作と医療界のガラパゴス化」医療ガバナンス学会メールマガジンVol. 266、2010年8月19日)
林田医療裁判では患者の長男の「延命につながる治療を全て拒否」で治療方針が決められた。これに対して主治医は「カルテ記載内容の補足として、私は、大事を取りすぎて、意思疎通ができないまま寝たきり状態になるのが最善とは言えない、という主治医の理念をわきまえた上での延命治療拒否だと思いました」と陳述した(乙A第3号証8頁)。患者家族が医師の理念をわきまえることを求めている。東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長の「わきまえている女性」発言は大きく批判されたが、医師もパターナリスティックな発想がある。
研究報告「医療機関内の医療事故の機能的な報告体制の構築のための研究」は以下の二つの発表である。
宮田哲郎「医療機関内の医療事故の機能的な報告体制構築のための手引き」
南須原康行「医療事故発生時の初期対応訓練教材の開発」
「医療機関内の医療事故の機能的な報告体制構築のための手引き」は院長を中心として研修に積極的に参加して流れを理解することが重要と指摘された。
「医療事故発生時の初期対応訓練教材の開発」は教材の動画を紹介した。臨場感が大事ということでプロの俳優を用いた。
質疑応答では「死亡を予期していた」の判断基準が議論された。医療機関が「この手術の死亡率は5%」と説明するだけでは予期していたことにならない。動画の事例では「予期していた」と主張したが、夜間に何の対応もしていない。予期していたならば死亡を避けるために対応しなければおかしい。
「死因は感染症であった。事故は関係ない」と病院側に都合のいい説明がなされると指摘された。これは林田医療裁判にも重なる。林田医療裁判ではカルテに死因は誤嚥性肺炎と記載されていた。ところが病院は裁判の終盤の証人尋問で、誤嚥性肺炎が誤診で、多剤耐性緑膿菌(multidrug resistance Pseudomonas aeruginosa; MDRP)の院内感染が死因と証言した(東京地方裁判所610号法廷、2016年6月1日)。
田中和美「患者参加型医療と医療安全」は患者中心の医療について、どこの医療機関に行ってもどのステージに行っても継ぎ目のないケアを受けられることと指摘した。医療者の燃えつきや離職の減少にもつながる。ケアという言葉には、ただ治療するだけではないという意味が含まれている。
群馬大学医学部附属病院は患者とのカルテ共有を実施している。診療に関係する全ての情報は、患者の個人情報であって、患者の利益のために記録される。カルテは決して医療従事者の私的な記録やメモといった性格のものではない。「カルテが見られるから群大に来ました」と言う患者もいる。カルテを見て不快になったと回答する患者はほとんど存在しない。
小松康宏「患者参加型医療と医療安全」はインフォームドコンセントについて説明された。インフォームドコンセントの進め方にはPaternalistic model, Informed model, Shared decision makingのパターンがある。Shared decision makingの有用性が注目されている。現実は医師の説明と患者の理解に齟齬があり、患者から十分な質問ができていない。説明後に患者に自己の理解を話してもらうTeach backが有効である。
公開質問状(44)World Patient Safety Day
公開質問状(45)「世界患者安全の日」&「架け橋」10周年記念シンポ
WHO『世界患者安全の日』制定5周年記念シンポジウム 2024
Get it right, make it safe!
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