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執筆者の写真林田医療裁判

医療過誤原告の会・九州地区集会

九州地区集会が2024年12月22日(日)13:30から16:30まで福岡県福岡市中央区舞鶴2-5-1の「あいれふ」会議室で開催されます。地下鉄「赤坂駅」3番出口から徒歩4分です。内容は活動報告・会員の交流です。終了後、交流会を予定しています。


医療過誤原告の会は、医療事故で苦しむ被害者を支援し、医療の質と安全性向上を求める団体です。医療事故調査制度の改善やシンポジウムの開催など、医療事故に関する最新情報や資料を提供します。医療過誤原告の会の会報第40号『悲しみにくじけないで』(2018年7月1日)には林田医療裁判の記事「母の望まぬ死」「「高齢者差別」という隠れた命題を闘う 林田医療裁判」が掲載されました。

奪われた「いのちを見つめて」

患者こそ医療の主人公

ある医療訴訟 そこには正義・公正はなかった


福岡市の観光名所に福岡市博多区上川端町の櫛田神社(くしだじんじゃ)があります。愛称は「お櫛田さん」です。商売繁盛、不老長寿の守り神として信仰を集めます。三羽の鶴に囲まれた井戸では水を三回に分けて飲み、その度に「不老長寿」の願いを念じます。入口の門にある干支恵方盤では今年の恵方(幸運な方角)が矢印で示されています。

境内には御神木の大銀杏(櫛田の銀杏)があり、県指定天然記念物になっています。その根元には二個の蒙古碇石があり、県指定考古資料になっています。蒙古碇石は蒙古襲来時の元の軍船に使用されていたものとされます。平安時代以来頻繁に来航した宋の商船のものとする説もあります。

祭神は正殿に大幡主命(櫛田宮)、左殿に天照皇大神(大神宮)、右殿に素戔鳴尊(祇園宮)の三神です。大幡主大神は別名大若子命。孝謙天皇の御代、天平宝字元年(757年)創祀。伊勢松坂の櫛田神社を勧進したものとされます。平清盛が平氏の所領肥前国神埼荘の櫛田神社を勧請したとの説もあります。天正15年(1587年)の豊臣秀吉の博多復興に際して現社殿が建立されました。

博多祇園山笠や「博多おくんち」でも知られます。博多祇園山笠は櫛田神社右殿の素盞嗚大神に対する奉納の行事です。7月1日の飾り山笠公開から15日早朝の追い山まで、福岡の博多部を中心に行われます。仁治2(1241)年を起源とする祭で、国指定重要無形民俗文化財に指定されています。櫛田神社には博多祇園山笠が奉納され、飾り山笠は一年を通して展示されます。


櫛田神社は川端通商店街に接します。川端通商店街は「川端ぜんざい」が有名です。川端通商店街では11月16日から20日まで大売出し「誓文(せいもん)払い」を開催します。これは下川端の漬物店「金山堂」を営む八尋利兵衛が大阪の蛭子市の誓文払いを参考として、他の店舗の賛同を得て1879年(明治12年)から始めました。

近くには順正寺や萬行寺、善照寺があります。袖湊山順正寺は浄土真宗本願寺派の寺院です。天正11年の創建で、空寂上人が開基。誓文払いを始めた博多商人・八尋利兵衛の菩提寺です。

普賢山萬行寺は浄土真宗本願寺派の寺院です。本願寺第八世蓮如上人の命により弟子の空性が博多で布教していました。その空性が享禄2年(1529年)に普賢堂町に草庵を開いたのを始まりとします。法王山善照寺も浄土真宗本願寺派の寺院です。



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