#林田医療裁判 (平成26年(ワ)第25447号損害賠償事件、平成28年(ネ)第5668号損害賠償事件)の長男は、母親の延命につながる治療を全て拒否した。医師が長男の言動から点滴で生命を維持していることも好ましく思っていないと評価した。そのため、点滴を終了し、経腸栄養療法に変更した。
医師記録(カルテ)の2007年8月20日は以下のように記載する。「family (son)は延命につながる治療を全て拒否。現在Div.(注:点滴Drip Infusion into Vein)で維持しているのも好ましく思っていないようである。本日にてDiv.終了し、明日からED(注:経腸栄養療法Elementary Diet)を再開する」
この治療変更は、ユナシンの点滴をやめてファロムの経鼻経管栄養による内服へと変更したことも含まれる。ユナシンは一般名をスルタミシリンと言い、ペニシリン系に分類される。ファロムは一般名をファロペネムと言い、ファロペネム系に分類される。
高齢者や脳梗塞等による嚥下機能障害を認める患者は誤嚥性肺炎のハイリスク群であり、母親もハイリスク患者に該当する。長男は2007年8月15日に母親の経鼻経管栄養の流入速度を速めた。その後に母親はリハビリを行い、帰室後の18時20分に多量に嘔吐した。診察した当直医は、SPO2低下や発熱(体温38.1度~37度)等の症状から、誤嚥性性肺炎を疑い、血液検査およびレントゲンによる誤嚥性性肺炎のチェックを指示した。当直医は基礎疾患に糖尿病がある母親が再度嘔吐を繰り返すと誤嚥性肺炎が急激に重症化することが予測できるため、嘔吐の原因が判明するまでは経管栄養の中止を指示した。
主治医は16日に誤嚥性肺炎と診断し、通常使用される抗生物質であるユナシン1.5g朝・夕点滴(誤嚥性肺炎に通常使用)を開始16日~20日(5日間)実施した。ユナシン3日間使用後の治療効果は、8月18日の血液検査では、白血球14,600㎎/dl、杆状核球16%、CRP15.1㎎/dlであった。この値をユナシン使用前の8月16日と比較すると、白血球は1,600㎎/dlおよび杆状核球は4.5%㎎/dl減少しており、データ上は改善と判断できる。実際、同日、亡寿美に面会に行った長女は直感的に病状が良くなったと感じていた。
CRPはユナシン3日間使用後の8月18日は15.1㎎/dlで、8月16日の6.3㎎/dlと比較すると8.8㎎/dl上昇しているが、8月22日のCRPは13.3㎎/dlと減少していることから改善と解釈できる。これは、CRPが白血球より遅れて反応することにより説明できる。
つまり、嘔吐の翌日からユナシンを3日間使用した後の炎症反応と言われる白血球およびCRP動向から、ユナシンの治療効果はあったと解釈される。ユナシンの点滴は、通常は7-10日間使用されることが多いと言われているが5日間で中止し、8月21日から下痢中の亡寿美に対し、点滴より一般的に内服の抗菌薬は治療効果の低いと言われているにもかかわらず、ファロムの経鼻経管栄養による内服へと変更した。
経鼻経管栄養については、カルテには原因が判明するまでは8月16日から中止とし、翌日には「IVH(中心静脈栄養)を考慮すること」としていた。ところが、8月20日に「長男は延命に繋がる治療を全て拒否」し、主治医は嘔吐の原因を明らかにしないまま突然、8月21日に、点滴からIVHではなく、誤嚥性肺炎を繰り返すリスクの高い経管栄養に変更した。その後、亡寿美は嘔吐し、8月22日の血液データから岩崎医師が「ちょっと手前あたりでもう敗血症かなと」と証言したように(平成28年6月1日の証人調書)、回復傾向から病状悪化へと進展し、敗血症から多臓器不全となって亡寿美は死亡した。
8月18日の血液検査データではユナシンによる治療効果が示され、8月20日には酸素吸入も中止となり治療変更前日までは、回復傾向にあった。医学的に高齢者の終末期を致死的疾患で「不治」かつ「末期」の状態と言うなら、母親は適切な治療により回復傾向を示していたのですから、その時点では、致死的状況とは言えず終末期と言えなかった。
このように母親は回復傾向にありながら、8月21日の治療変更直後の8月22日には敗血症を示すほど悪化し死亡に至った。この背景には母親が8月15日に嘔吐をして誤嚥性肺炎と診断後に使用されたユナシンを8月18日の血液検査でも治療効果が認められ、通常は7-10日使用されるのに5日間で中止したことにあるのではないか。ユナシンを中止し、下痢中の母親に治療効果の低いファロムの内服へと変更した。誤嚥性肺炎のハイリスクにもかかわらず、嘔吐の原因究明しないまま経管栄養開始し、嘔吐を繰り返した。その変更は当時の医療レベルに照らし最善の治療とは言えないだろう。
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