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執筆者の写真林田医療裁判

O2 inhalationとDNR

#林田医療裁判 (平成26年(ワ)第25447号損害賠償請求事件、平成28年(ネ)第5668号損害賠償請求控訴事件)の医師記録の9月3日には「familyの希望通りO2 inhalationも行わない →当直時間帯のみ許可。DNR (supernatural)」と書かれている。9月4日も「基本的に2 inhalationを行わないが、夜間のみ少量のO2 inhalationを行う場合あり」とする。これは長男夫婦の要望で酸素吸入を行わないということである。


立正佼成会附属佼成病院は酸素吸入を夜間(当直時間帯)のみ実施した。夜間だけ酸素吸入した理由を医師は、「もとより、酸素があるほうが本人は楽であろうが、夜間は手薄などで夜間に呼吸が止まらないようにするものである」と佼成病院の都合であることを裁判で述べた。


DNRはDNR指示(Do Not Resuscitate Order)のことで、心肺蘇生を行わないという医師の指示である。このDNRは「心肺蘇生を行うと成功(蘇生)してしまうから、成功する行為を行わないと受け止められる。本来は蘇生できるのに自然死natural deathに持っていかせる意図で使われかねないという批判がある。そこでattemptを加え、蘇生に成功することが多くない中で蘇生のための処置を試みない用語としてDNAR; Do Not Attempt Resuscitationが使われるようになったという歴史的経緯がある。DNRという表現を使うことは、古い考えであることを示すものである。


DNARは心肺停止状態になった時に二次心肺蘇生措置を行わないことである。二次心肺蘇生措置の二次とは医療機関で医師や救急救命士が行うという意味である。心肺停止後に二次心肺蘇生措置を行わないだけで、それまでの治療は変わらない。二次心肺蘇生措置を行わないだけで、医療を受けることを否定するものではない。


ところが、日本ではDNAR指示を治療の全般的な差し控えとする誤った運用がなされがちである(原田愛子「「DNAR=治療差し控え・お看取り」じゃない」日経メディカル2020年1月27日)。DNARが安楽死の脱法のように使われている。


「DNARの下に基本を無視した安易な終末期医療が実践されている,あるいは救命の努力が放棄されているのではないかとの危惧が,最近浮上してきた」(日本集中治療医学会「DNAR指示のあり方についての勧告」2017年3月16日)


「終末期医療では「開始した治療(例えば人工呼吸器)の中止は困難かつ不可」であるがDNARでは「容易に可能」,という誤った解釈が全国的に敷衍している」(丸藤哲「日本集中治療医学会「DNAR指示のあり方についての勧告」 救命の努力を放棄しないために」医学界新聞2017年5月22日)


「DNAR指示は心停止時に心肺蘇生をしない指示であり,通常の医療・看護・ケアに影響を与えないことを再確認したい」(日本集中治療医学会倫理委員会「DNAR(Do Not Attempt Resuscitation)の考え方」日本集中治療医学会雑誌Vol.24 No.2 p.214)


佼成病院のカルテは「DNR (supernatural)」と書いている。「supernatural」は自然のままにすることの徹底を意味する。DNRと治療の全般的な差し控えを混同している。実際、林田医療裁判を取り上げた第12回「医療界と法曹界の相互理解のためのシンポジウム」では参加医師から「問題になるかもしれない」と指摘された。


「今だったら多分もしかしたら問題になるかもしれないですよね。要するに延命治療と、それから緩和治療と、それから徹底的に治療するということと、下手すれば安楽死になってしまうような、要するにやめてしまうと、不開始だけじゃなくて中止と、ここら辺の区別がちゃんと説明されたか」(判例タイムズ1475号、2020年10月号、15頁)


誰がDNARの意思表明をするかも問題である。家族がDNARを表明する場合、DNAR指示が患者の真意なのか、家族の指示ではないのかという疑問が出てくる(箕岡真子『蘇生不要指示のゆくえ―医療者のためのDNARの倫理』ワールドプランニング、2012年)。日本臨床倫理学会「日本版POLST(DNAR指示を含む)作成指針」は、それを払拭するための確認事項を整理している。


POLST; Physician Orders for Life Sustaining TreatmentはDNAR指示を含む医療処置に関する具体的指示である。DNARは心肺停止状態になった時に二次心肺蘇生措置を行わないことであるが、DNARという言葉が一人歩きし、実質的な延命治療の差し控え・中止となってしまいがちである。このために、日本臨床倫理学会ではPOLST作成指針を定めた。


「日本版POLST(DNAR指示を含む)作成指針」の「POLST(DNAR指示を含む)作成に関するガイダンス」は以下の確認事項を掲げる。

「代理判断者の意思表示は,患者の立場に立ったうえで,真摯な考慮に基づいたものですか?」

「特に,家族等の判断や決定は,本当に「患者本人の意思を推定あるいは反映しているのか?」,もしかしたら「家族自身の願望とか都合ではないのか?」という倫理的に微妙な違いに敏感になる必要があります」

「家族等(代理判断者)は,患者と利益相反はありませんか?」

「家族等(関係者)内で,意見の相違はありませんか?」


林田医療裁判の東京地裁・東京高裁判決は「延命につながる治療を全て拒否」した長男をキーパーソンとする立正佼成会附属佼成病院の主張を認め、他の家族の意見を聞かないことを許容した。これは「日本版POLST(DNAR指示を含む)作成指針」に反する。佼成病院は「POLST(DNAR指示を含む)作成に関するガイダンス」記載の確認をしていない。


DNARは新型コロナウイルス感染拡大による医療資源逼迫の中で問題になっている。「骨格提言」の完全実現を求める大フォーラム実行委員会は川崎市に公開質問状を出し、DNARが拡大解釈されていると批判する。これに対する川崎市回答(2021年4月20日)は「医療機関内における一般通念として、DNARと人工呼吸器装着を望まないことは同義として捉えることが多い」とする。これはDNARの誤った理解である。


DNARは心停止になった後で二次心肺蘇生措置を行わないことである。心停止になる前に呼吸困難になれば人工呼吸器を使うことは適切な対応になる。最初から人工呼吸器を使用しないと決めつけることはできない。これは結論から理由を組み立てる公務員流の倒錯した論理である。


川崎市回答は以下のように記す。「神奈川モデルでは、主にECMOや人工呼吸器管理を要する重症患者用病床と、それ以外の中等症患者等用病床がありますが、延命措置等を希望しない方については、概ね人工呼吸器管理を行わない病床に受け入れていただきました」。これは怖い話である。DNARを表明し、「人工呼吸器管理を行わない病床」に入れられてしまうと容態が急変して呼吸困難になっても人工呼吸器をつけてもらえなくなる。


結局のところ、人工呼吸器を使う患者と使わない患者を入院時に選別したいから、DNARを確認するということになる。需要に応えるために供給する民間感覚ではなく、現状の供給能力を前提として、そこに需要を無理やり当てはめようとする公務員的発想である。


大阪府健康医療部の医療監(次長級)は2021年4月19日の各保健所宛てメールで、DNARの意思を示している高齢者施設の入所者について、施設での「看取りも含めて対応をご検討いただきたい」と記載する。これもDNARに対する誤った見解に基づいている。治療のDNARの意思があっても、治療は必要であり、入院の必要性があれば入院する。


この医療監メールは「府の方針として、高齢者は入院の優先順位を下げざるを得ない」とする内容があり、謝罪・撤回を余儀なくされた(「「高齢者は入院の優先順位下げる」大阪府幹部が保健所にメール…府は撤回し謝罪」読売新聞2021年4月30日)。DNARについても誤っている。



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