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同意能力を欠く患者の医療同意

  • 執筆者の写真: 林田医療裁判
    林田医療裁判
  • 6月9日
  • 読了時間: 4分

【林田医療裁判の視点から読む】

石田瞳「同意能力を欠く患者の医療同意」(Medical Consent of Patients without Capacity to Consent)千葉大学人文社会科学研究第29号(2014年)は日本における医療同意の法的構成を論じている。医療同意に関する法的問題を鋭く分析し、林田医療裁判のようなケースにも重要な示唆を与える論文である。


家族による「慣行的同意」の法的曖昧性

論文は日本では患者の家族が医療同意を行うことが慣行となっていると指摘する。しかし、この慣行は法的根拠が不明確と問題提起する。「我が国においては多くの場合、患者の家族が同意を与えている。しかし、この同意の性質は全く議論されないまま、家族による同意が慣行として行われてきた」(91頁)

林田医療裁判でも、キーパーソンとされた特定の家族の意見が治療拒否の正当性の根拠とされた場合、その法的妥当性が問われる。家族の同意は、患者本人の自己決定権を十分に反映しているのかが問題である。


医療同意の一身専属性

医療同意は一身専属権であり、他人が代わりに行使するものではない。「自己の身体に最終的な処分を行うための自己決定を行える法益を持つ者は、患者本人であるため、医療行為における同意権限を持つ者は、原則として患者本人となる」(92頁)

この原則は医療行為の正当性を評価する際の基盤となる。これは林田医療裁判の中核問題と重なる。即ち「家族だから」といって無条件に治療方針を決めることが、果たして法的に正当化されるのか、という根本的問いが提起されている。


家族の代諾の危険性

論文は家族が本人の意思の代弁者とならない危険も指摘する。家族は必ずしも患者の意思を正確に代弁する存在ではない。

「推定相続人であるような家族には、本人との間で利益相反関係にある場合もある。家族が常に本人の意思についての最大の理解者とは言えない」(102頁)。

林田医療裁判でもキーパーソンの治療拒否が患者本人の福祉や意思に反していた可能性が問われた。判決はキーパーソンの意見が患者の真の意思を反映していたか明らかにしなかった。キーパーソンの経済的・感情的動機が同意に影響を与えた場合、裁判所はキーパーソンの同意の妥当性を厳格に精査しなくて問題ないと言えるか。


重大な医療決定における代諾の制限

論文は家族による代諾の濫用や機械的運用を防ぐ方策を提示する。生命・身体に重大な影響を及ぼす医療行為については、成年後見人や親族といえども単独で決定してはならないと主張する。

「生命・身体に重大な危険のある治療に関しては、代諾者である成年後見人等や親族が単独では行えないようにするのが妥当であると思われる。なぜなら、医療行為の内容を理解するための専門的な知識を代諾者側に期待しているのではなく、患者本人の意思を決定に反映させるための役割に過ぎないからである」(105頁)

別の論文でも一貫して単独同意制限論を展開する。

「日本においては、医療契約の内容を確定するための必要最低限の医療行為に対する同意のみを代諾出来る範囲であると捉え、生命、身体に重大な危険のある治療に関しては、成年後見人が単独で代諾できないとかするのが妥当であると思われる。なぜなら、治療の内容を理解するための医学的専門知識を成年後見人に期待しているのではなく、あくまでも成年被後見人の意思を決定に反映させる点にあるからである」(石田瞳「患者の同意能力」千葉大学人文社会科学研究第30号、2015年、120頁)


単独同意制限論は、林田医療裁判において、医療同意のプロセスに複数の関係者や専門家の関与を求める議論を強化する。単独の代諾では、本人の意思が歪められるリスクを軽減できないため、同意プロセスの透明性と客観性が重視される。以下の点を考慮すべきである。

患者本人の意思の推定:過去の言動や価値観から、患者本人の意向を可能な限り推定する。

利益相反の排除:家族や代諾者の動機を精査し、患者の最善の利益を優先する。

複数主体の関与:複数の家族や倫理委員会が関与する。

透明なプロセス:同意の根拠とプロセスを明確に記録し、第三者による検証を可能にする。


林田医療裁判と論文の交差点

意思決定を単独で行わせないようにする主張は、林田医療裁判の判決のキーパーソン論とは真っ向から対立する。単独の代諾を制限する主張は、患者保護の観点からも理にかなっている。家族の慣行的な同意に頼るのではなく、厳格なプロセスと複数主体の関与を通じて、患者の意思を忠実に反映させる必要がある。

医療同意のあり方を巡る議論は、日本の医療法制において喫緊の課題である。林田医療裁判の事例を踏まえると、医療現場での慣行に頼らず、患者本人の意思の尊重と法的な枠組みに基づく医療同意の再構築が強く求められている。どのように患者の自己決定権を守り、適切な代諾制度を構築するかが今後の焦点となるだろう。


臨床現場から考える医療同意権


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