大阪府で新型コロナウイルス感染者の入院調整を行う部局の医療系技術職トップが2021年4月19日、各保健所に対し「府の方針として、高齢者は入院の優先順位を下げざるを得ない」とするメールを送信した。府健康医療部は「府の方針とは全く異なる」としており、29日に各保健所に内容の撤回と、謝罪する旨を連絡した。東京都杉並区の田中良区長の命の選別発言と重なる。撤回や謝罪するだけ、杉並区長よりもまともである。
問題のメールは府健康医療部の医療監(次長級)が出した。件名は「入院調整依頼に関するお願い」。「当面の方針として、少ない病床を有効に利用するためにも、年齢の高い方については入院の優先順位を下げざるを得ない」と記す。
藤井睦子・府健康医療部長は「高齢を理由に入院の優先順位を下げるなどの対応は一切ない」と話した。29日に医療監を厳重注意し、メールの撤回・謝罪の連絡をしたという(「「高齢者は入院の優先順位下げる」大阪府幹部が保健所にメール…府は撤回し謝罪」読売新聞2021年4月30日)。
医療監は医師の資格を持つ医療系技術職の責任者になる。部長が否定する内容を医療監が出したという点で医師の暴走という面がある。医師で公務員になると市場に疎くなり、需要に応えるという民間ビジネス感覚よりも、現実の供給から逆算して需要をあてはめようとする発想に陥ってしまうのではないか。杉並区長の命の選別発言も医師が仕事をやりやすくしたいという観点が強い。
杉並区は2020年4月に新型コロナウイルス対策補正予算を出して注目されたが、その内実は立正佼成会附属佼成病院など既存病院の損失補填の意味合いでした。コロナ専門病院を作るという国内外の潮流に逆行するものであった(林田力「杉並区が新型コロナウイルス対策で補正予算案」ALIS 2020年4月19日)。
問題のメールでは心停止などの場合に蘇生措置拒否DNARの意思を示している高齢者施設の入所者についても施設での「看取りも含めて対応をご検討いただきたい」と記載する。DNARについて誤った見解に基づいている。
DNAR; Do Not Attempt Resuscitationは心肺停止状態になった時に二次心肺蘇生措置を行わないことである。治療の全般的な差し控えを意味しない(原田愛子「「DNAR=治療差し控え・お看取り」じゃない」日経メディカル2020年1月27日)。二次心肺蘇生措置を行わないだけで、医療を受けることも否定するものではない。DNARの意思があっても、治療は必要であり、必要に応じて入院する。ところが、日本ではDNARが安楽死の脱法のように使われている。
これは林田医療裁判の論点になる(平成26年(ワ)第25447号損害賠償請求事件、平成28年(ネ)第5668号損害賠償請求控訴事件)。林田医療裁判を取り上げた第12回「医療界と法曹界の相互理解のためのシンポジウム」では参加医師から「問題になるかもしれない」と指摘された。
「今だったら多分もしかしたら問題になるかもしれないですよね。要するに延命治療と、それから緩和治療と、それから徹底的に治療するということと、下手すれば安楽死になってしまうような、要するにやめてしまうと、不開始だけじゃなくて中止と、ここら辺の区別がちゃんと説明されたか」(判例タイムズ1475号、2020年10月号、15頁)
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