公立福生病院透析中止死亡裁判の第3回弁論準備手続が東京地方裁判所で行われた。腎臓病患者の女性が人工透析を中止して2019年8月に死亡したことに対して、遺族が公立福生病院を提訴した訴訟である。遺族の代理人弁護士は「医師が透析の中止を提案し、実際に中止した」と指摘する(「透析中止で女性死亡 遺族が福生病院を提訴」産経新聞2019年10月17日)。
裁判は以下の日程で進行している。
2019年10月17日、提訴
2020年7月22日、第1回口頭弁論
2020年9月14日、第1回弁論準備手続
2020年11月13日、第2回弁論準備手続
2020年12月25日、第3回弁論準備手続
2021年3月8日、第4回弁論準備手続
第3回弁論準備手続で遺族側は原告第4準備書面、病院側は被告準備書面(2)を提出した。遺族側は、佐伯仁志「治療の不開始・中止に対する一考察」法曹時報第72巻第6号(2020年)などを証拠として提出した。透析中止に対して病院側は最初から透析をしないことと位置付け、人工呼吸の取り外しのような治療中止とは異なると主張する。これに対して佐伯論文は「治療を中止する意図で電源を切るのは作為で許されないが、治療を中止する意図で新たに電源を入れないのは不作為だから許されるのは妥当ではない」として「治療中止の許容性を作為と不作為にこだわって論じるべきでない」とする(19頁)。
日本では治療を最初からしないことは許されるという安直な発想がある。公務員的な責任回避の論理である。しかし、直接死に至らしめる行為をしなくても、なすべきことをしなければ問題である。田中芳樹『銀河英雄伝説』には「貴族たちはやってはならないことをしましたが、ラインハルト様はなすべきことをなさらなかった。どちらがより悪いと言えるでしょうか」との台詞がある。
病院側は、大平整爾「透析非導入とその後の治療およびケア」日本透析医会雑誌第24巻第1号(2009年)などを証拠として提出した。以下を引用する。「Fissellら(2005)の透析中止死亡164例の分析によると,透析中止後の生存日数は平均7.8日で、その中央値は6.0日であった。79.1%の患者が透析中止後10日以内に死亡している。1996年、筆者らが北海道で調査した中止105例の分析では、透析中止後の死亡は5.4±3.3日(平均±標準偏差)であり、Fissellらの結果と大差はない」(46頁)
これは透析を中止していると亡くなる可能性が高い(救命可能性が低い)ことを立証する証拠として出されたものである。しかし、透析を中止した患者のほとんどが10日以内に死亡するということは透析中止への同意は自殺への同意と変わらなくなる。その意味を医師は伝えたのか。
しかも、大平論文は、透析非導入に以下の条件を記載している。「仮に患者・家族・医師の意見が一致しても「非導入の選択」であれば,第三者による医師や倫理委員会の意見を聴取することが妥当である。三者の意見が不一致であれば,当然ながら同様な処置を要する」「患者に翻意の可能性がないか否かを慎重に探る」(47頁)。病院側が大平論文を証拠として提出したということは、これらの条件を満たしたかも立証する必要があるだろう。
「患者に翻意の可能性がないか否かを慎重に探る」は、厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」とも重なる。ガイドラインは人の意志は変化するため、繰り返しの確認を強調する。「時間の経過、心身の状態の変化、医学的評価の変更等に応じて本人の意思が変化しうるものであることから、医療・ケアチームにより、適切な情報の提供と説明がなされ、本人が自らの意思をその都度示し、伝えることができるような支援が行われることが必要である。」
ガイドラインは既に遺族側が証拠として提出している。ガイドラインの前身の「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」は林田医療裁判(平成26年(ワ)第25447号損害賠償事件、平成28年(ネ)第5668号損害賠償事件)でも議論された。「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」の審議プロセスは林田医療裁判の再審提起でも引用した。
患者の権利を守る会の立正佼成会附属佼成病院への公開質問状も「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」に言及している。林田医療裁判の観点からも公立福生病院透析中止死亡事件裁判に注目する。
公立福生病院透析中止事件の裁判の経過をまとめた動画がYouTubeに公開されています。
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