シングル IRB(治験審査委員会)及び治験広告規制緩和に関する意見書
- 林田医療裁判

- 39 分前
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薬害オンブズパースン会議は2026年2月4日、厚生労働大臣に対し「シングルIRB(治験審査委員会)及び治験広告規制緩和に関する意見書」を提出しました。
2026 年 2 月 4 日
厚生労働大臣 上野 賢一郎 殿
シングル IRB(治験審査委員会)及び治験広告規制緩和に関する意見書
薬害オンブズパースン会議
事務局長 水口真寿美
意見の趣旨
1 治験、臨床試験、臨床研究の参加者の権利保護を直接の目的とする包括的な基本法の制定を求める。
2 シングル IRB を創設するのであれば、参加者の権利を保護するため、少なくとも以下の内容を含む信頼性保障システムを創設することを求める。
① 治験・臨床試験、臨床研究に共通の認定制度を設けること
② 申請者が恣意的に IRB を選択できない制度とすること
③ IRB 委員の利益相反管理に関する厳格な基準と開示を義務づけること
④ IRB 委員の公募や市民参加を促進し、市民のための研修制度を整備すること
3 治験広告について、懸念される弊害についての実効性のある対策が示されていない現状においては、治験薬の名称や治験記号を含む情報も積極的に発信可能としたり、その方法として、製薬企業・患者団体のホームページ、QR コード、Web 動画、SNS などの使用を可能としたりする規制緩和には反対する。
意見の理由
第1 IRB(治験審査委員会)に関する制度改正
1 厚労省審議会において企業に IRB の選定・契約等を可能とする提案
厚生労働省の審議会(厚生科学審議会医薬品医療機器制度部会)において、シングル IRB の推進に関する議論が行われている。
現在多施設共同試験において医療機関ごとに設置されている治験審査委員会(IRB)による審査を、1 つの臨床研究・治験に対して 1 つの IRB で審査するシングル IRBで行う仕組みへの制度変更を推進するという議論である。これに伴い、治験関係文書の作成主体を治験依頼者(企業)とし、企業が IRB の調整、選定・契約をして直接審査を依頼できるようにすることも提案されている。
医療機関の事務負担を軽減して、施設ごとの審査の質のバラつきを解消し専門性の高い審査を可能とし治験を推進できる、欧米では導入が進んでおり(但し、国によって形態は異なる)、日本もこれに合わせることで国際共同治験をスムーズに行える等と説明されている。
2 IRB の本来の役割と中立性の喪失、商業化への懸念
しかし、そもそも IRB の最も重要な目的は、治験・臨床試験・臨床研究の参加者の権利を保護することにある。そのために、治験等の依頼者から独立した立場で、試験計画等の科学的な妥当性の審査や、参加者に対する説明書や同意書の倫理的審査を実施し、有害事象の発生状況を踏まえ必要に応じて中止要請などをするのが IRBの役割である。
多施設共同試験において、代表する医療機関内に設置したシングル IRB が他施設の分も含め一括して審査・管理することは重い事務負担を担うことになる。そのため、シングル IRB のもとでは、審査の主体は、医療機関ではなく専門の審査受託機関に移っていくことになるであろう。ところが、審査受託機関の基本的な経済的基盤は、治験等の依頼者である製薬企業からの審査手数料や事務支援料等であるから、製薬企業から多くの治験等の依頼を受ける必要性が生じ、構造的な利益相反関係が生まれる。
加えて、企業が治験等の関係文書の作成主体となり、IRB を選定できることとなれば、結局は、企業にとって都合のよい IRB が選定され、IRB の本来の機能が損なわれ、IRB の商業化が起きる可能性がある。IRB の委員の利益相反管理が不十分であれば、弊害はさらに大きくなる。
この点について、令和7年7月 23 日開催の厚生労働省の審議会において、花井委員は、「(治験)依頼者のイニシアティブが増えすぎることの懸念があるので、この IRB審査委員会の中立性というところとか、運用というところは、何らかの強化策が要るのではないか」と指摘し、北澤委員は「たくさん試験を審査して、たくさん承認を出すと、その IRB がうまくやっているように思われて、そこに利益相反が生じるのではないかという点が心配だと思います」と指摘している。
また、治験等の参加者が信頼するのは医療機関であり医師であるのに、その医療機関では主体的な審査が行われていないという矛盾や責任の希薄化、有害事象など試験の現場で生じた問題の共有に生じうるラグの解消など、解決すべき課題がある。
3 前倒しで始まっている商業化の弊害
当会議は、試みに Web 上で治験審査受託機関をランダムに選択し、その活動内容を Web における公開情報の範囲で確認した。その結果、適切な管理と審議が行われていると認められる組織もあったが、次のような問題をもつ組織も認められた。
① 当会議のメンバーが受講者として参加した治験審査受託機関のセミナーでは、審理の中立性や公正さに関することよりも、効率よく迅速に処理をし、企業のニーズに応えられることを強調して説明した。
② 当会議が閲覧した組織の議事録の中には、審議時間 18 時 06 分~20 時 15 分の 2 時間 9 分(129 分)の中で、89 件の審議および報告が行われていたものがあった。1 件あたりに換算すると 1.45 分で、「重篤な有害事象」が審議された 19件を含め、審議結果はすべて「承認」であった。初回審理でないものが相当数含まれていたとしても、平均すると 1 件 1.45 分という審議時間は極めて短く、適切な審議が行われているのか疑問を抱かざるを得ない。
③ 審査委員の利益相反管理について、どのような基準で管理しているのか、その結果などが公表されていない組織があった。審議品目との対応関係まで調べることはできなかったが、企業から多額の金銭を継続的に受領しており、企業との親和性が高いことを窺い知ることができた組織もあった。
4 参加者の権利保護を定めた基本法の制定の必要性
そもそも日本には、治験、臨床試験、臨床研究の参加者の権利を規定し、参加者保護を最優先の目的と位置づけた包括的な臨床研究に関する基本法がない。
臨床研究は、医薬品等の承認を得ることを目的とする治験を GCP 省令で、特定臨床研究(未承認・適応外の医薬品等を用いる研究、及び製薬企業等からの資金提供を受けて行う研究)を臨床研究法で、その他の臨床研究を倫理指針でといった具合に分断し「パッチワーク型」の規制形態をとっている。
参加者の権利保護を最優先の目的と位置づけて、倫理審査委員会や研究機関等の認定を行い統括する行政部門の設置もない。
このような枠組みの中で、懸念される商業化による弊害への対策もしないままに、シングル IRB を導入するのは問題である。
5 各国の制度は参加者の権利保護の観点でこそ参考にするべき
なお、厚生労働省の審議会がシングル IRB 導入の根拠のひとつとして重視した海外の状況であるが、米国では、少なくとも、連邦政府の資金による臨床研究には研究参加者保護を目的とする行政部門、民間資金による臨床研究には、研究対象者保護認証機構(AAHRPP)による機関認証がある。また、研究者の利益相反申告が連邦行政規則(CFR)で義務付けられており、サンシャイン法による利益相反の公表義務もある(日本では法的な開示義務は特定臨床研究を対象とする臨床研究法にのみ規定され、他は業界の自主基準である透明性ガイドラインによっている)。
欧州では、医薬品臨床試験が EU 臨床試験規則により規制され、研究審査委員会についても法に基づく公的機関と位置づける伝統がある。中にはシングル IRB ではなく機関設置となっている国もあるが、フランスでは申請者が自由に IRB を選択できない制度や委員を公募する制度8など、米国とは異なるシステムを導入して、独立性と参加者保護を実現しようとしている。
海外の制度は、IRB の本来の目的である参加者の権利保護や研究の科学的妥当性や公正さをいかにして担保し、実現しようとしているのかという観点においてこそ、参考にするべきである。
6 シングル IRB 導入に関する当会議の意見
以上を踏まえ、当会議は、以下のとおり求める。
(1)治験、臨床試験、臨床研究の参加者の権利保護を直接の目的とする包括的な基本法を制定すること。
(2)シングル IRB を創設するのであれば、参加者の権利を保護するため、少なくとも以下の内容を含む信頼性保障システムを創設することを求める。
① 治験・臨床試験、臨床研究に共通の認定制度を設けること
② 申請者が恣意的に IRB を選択できない制度とすること
③ IRB 委員の利益相反管理に関する厳格な基準と開示を義務づけること
④ IRB 委員の公募や市民参加を促進し、市民のための研修制度を整備すること
第2 治験広告について
1 治験広告に関する令和 5 年 1 月通知と厚労省審議会による規制緩和の提案
(1)令和 5 年通知
厚生労働省の審議会(厚生科学審議会医薬品医療機器制度部会)においては、治験の広告についても議論がなされている9。それは、薬機法が規制する広告と治験広告との関係を整理した令和 5 年1月 24 日通知10(以下「令和 5 年通知」という)をさらに進めて、治験広告に関する規制の緩和を行うものである。
そもそも、薬機法 68 条は、未承認薬の広告を認めていない。また、同条のいう「広告」とは、以下の3要件、すなわち①顧客を誘引する意図が明確であること、②特定医薬品名などが明示されていること、③一般人が認知できる状態にあることを満たすものをいうとされてきた(「医薬品等適正広告基準」昭和 55 年厚生省薬務局通知薬発第 148 号)。
しかし、令和 5 年通知は、治験参加者の募集について、①情報を求める者にのみ提供がされていること、②専用のウェブページの設置や他の情報(販売情報等)との切り分けがなされていること、③jRCT (Japan Registry of Clinical Trials 臨床研究等提出・公開システム)などに当該治験が登録されていること、④提供情報が登録内容の範囲内であること、という要件を満たす場合には、「広告」には該当しないとして、規制を緩和したのである。
(2)審議会による今回の規制緩和の提案
前述のとおり、審議会による今回の提案は、令和 5 年通知による規制の緩和をさらに進めるものである。
具体的には、まず治験参加者募集のための情報提供について、参加者募集に必要な情報に限る、治験実施期間中に限定するなどの条件を設けた上で、治験薬の名称や治験記号を含む情報も積極的に発信可能とすること、その方法として、製薬企業・患者団体のホームページ、QR コード、Web 動画、SNS などでの情報発信を可能とするという内容である。
また、情報を求めている者に限定して、治験結果、海外情報、Lay summary(レイサマリー)などの提供が可能となるよう広告該当性の整理を進め(具体的には専用のウェブページなどでの情報提供を想定)、患者団体が会員向けに案内する場合についても、広告非該当性の整理をすることが検討されている。
2 イレッサの教訓
治験に関する適切な情報提供については、治験参加者を募集する企業のニーズのみならず、治験に参加して新薬の候補を試したいと考えている患者のニーズがある。
しかしその一方で、患者に過度の期待を抱かせ、結果として有効性が不確実な医薬品によって患者を無用なリスクにさらす危険があるから、十分な配慮と慎重さが求められる。
とりわけ、難治性の疾患や既存の治療法がない疾患など、新薬に対する患者の期待が大きければ大きいほど弊害も大きくなる。手術不能または再発の非小細胞肺がんを適応としたイレッサをめぐる薬害事件では、「夢の新薬」として「医療情報の提供」を装って承認前から実質上の宣伝に利用され、患者や医療関係者の過剰な期待を煽り、承認直後からの爆発的な使用を招き、未曾有の副作用死を出した。
治験広告は、新薬の承認前からの実質上の宣伝ともなりうる。治験薬の名称や治験記号を含む情報も積極的に発信可能とし、その方法として、製薬企業・患者団体のホームページ、QR コード、Web 動画、SNS などの利用を可能とすれば、容易に拡散され、患者の期待感を反映したコメントの付加なども行われて、過剰な期待を煽る宣伝となる可能性が懸念される。
3 治験広告をめぐる課題の位置づけ
治験広告をめぐる課題は、本来は治験参加者のアクセス権の保障とその前提となる適切な情報の提供といった基本的な権利を中心に据えて、その担保のための手段のひとつとして広告規制のあり方が議論されるといった形で行われるべきであるが、日本には既に述べたように肝心の患者や参加者の権利を定めた包括的な基本法がない。そのため、権利を基本にして、偏りのない情報提供の担保に関する議論に発展しにくく、また患者はその前提の保障がないところで自己責任としてリスクを甘受しなければならないという状況に置かれやすいということも指摘しておきたい。
4 治験広告の規制緩和に関する当会議の意見
以上のとおりであるから、当会議は、治験広告について、懸念される弊害についての実効性のある対策が示されていない現状においては、治験薬の名称や治験記号を含む情報も積極的に発信可能としたり、その方法として、製薬企業・患者団体のホームページ、QR コード、Web 動画、SNS などの使用を可能としたりする規制緩和には反対する。
以上




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